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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和57年(う)51号 判決 1982年12月21日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小島峰雄名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官中野林之助名義の答弁書記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用するが、控訴趣意の要旨は、被告人の行つた本件所為は、正規の許可を受けた製造業者の行う円皮鍼収納方法と全く同一であり、これにより円皮鍼が化学的に変化したり汚染されたりするなどの余地は全くなく、従つて被告人の原判示第一の円皮鍼分割収納行為、同第二の分割円皮鍼を収納した容器の販売行為がいずれも保健衛生上の危害を発生させるおそれも全くないから、右各行為は薬事法一二条一項、六四条、五五条二項により規制される医療用具の小分け製造乃至小分け製造された医療用具を販売する行為には該当せず、このことは、特別に法規制の対象となつていない厚生大臣指定外医療用具(円皮鍼は厚生大臣指定外医療用具である。)を業として販売する者が、店頭で客の注文に応じ、被告人の本件行為と同一の方法で分売することが自由に許されていることからも明らかであるのに、当然許容されている被告人の所為を医療用具の小分け製造乃至小分け製造した医療用具の販売に該当するとして、これらを薬事法違反罪に問擬した原判決は、事実を誤認し薬事法の解釈を誤つたもので、右事実誤認、法令解釈の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、また、もし被告人の本件円皮鍼分割収納行為が薬事法一二条一項にいう小分け製造に該当するというのであれば、同条項及び同法六四条、五二条二項は、世人の治病に有効で保健衛生面をも含め社会的に全く無害な行為を職業としてすることを、徒に制限することとなるから、職業選択の自由を保障した憲法二二条一項に違反し、法律として無効である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決も説示するとおり、薬事法一二条一項の医療用具の「製造」の概念中に包摂される「小分け」とは、一般の需要に応ずるため、既製の複数医療用具をその容器又は被包から取り出して、その品質等に変化を加えることなく、他の容器または皮包に分割収納する行為を意味し、業としてこれを行おうとする者に対し医療用具製造業の許可を受けなければならないこととしたのは、医療用具の品質、有効性、安全性を確保しようとする保健衛生的見地からの必要性に基づくものと解される。ところで原判決挙示の証拠を総合すれば、本件円皮鍼は、円型の小鍼の尖部を皮膚内に刺入乃至皮膚に押圧し、その刺激により肩こり、腰痛、神経痛等の疾病を治療する「はり」用具であつて、被告人は適法な許可を受けた医療用具製造業者が製造した右円皮鍼を購入し、これを分割販売したわけであるが、その経過をみてみると、右製造業者は、円皮鍼を作製し、その適当数(三〇本位から一〇〇本位まで)をウレタン製マツトに刺し込んだうえ、これをビニール製皮包に封入して密閉し、またはプラスチツク製容器中に収納して封じ、右ビニール製皮包一袋、またはプラスチツク製容器一箱を末端需要者に対して販売するための最小単位として製造したものであり、これらを購入した被告人は右単位物件の皮包又は容器を破り、その中から一個、一個の円皮鍼を取り出し、不特定かつ多数の需要者に供給するため、より小型のウレタンマツトに三本または八本宛分割して刺し込んだうえ、右分割、刺し込んだ小型ウレタンマツトを別個のプラスチツク製容器に収納して封じ、もつて、適法に製造された原最小販売単位に多数倍する第二次販売最小単位物件を作出する行為を行い、また右のようにして作出した第二次販売最小単位物件を他に販売したものであることが認められる。右によると、被告人の行つた分割、収納行為が、その方法如何によつては、変形、変質等による品質、有効性の低下や汚染等による保健衛生上の危険の生ずる可能性を否定しがたいことは明らかであつて、右分割収納行為が薬事法一二条一項にいう「小分け」に該当することはいうまでもない。

所論は、被告人の本件所為が許容される根拠の一つとして「店頭における分売」を挙げるのであるが、右は個個の顧客の注文に基づきその都度その場で分割して販売するという点において、前叙認定にかかる本件所為とことを同一に論ずることは当をえたものということができないとともに、およそ円皮鍼の分割収納行為は、品質、有効性の低下や保健衛生上の危険を生ずる可能性が絶対になく、薬事法三九条によつて販売業者がするときは、自由、無制限に許されているなどとする独自の見解を前提とする所論は、到底採用するに由ないものといわざるをえない。

以上のとおり、被告人の本件円皮鍼を分割収納した行為が薬事法一二条一項に規定する「小分け」に当り、小分けされた右円皮鍼を販売した被告人の行為が同法六四条によつて準用される同法五五条二項の禁止規定に触れることは明らかであり、右各所為について前記説示のとおり、公衆に対する保健衛生上有害な結果を招来するおそれがある以上、右各所為を禁止処罰することも公共の福祉の要請から必要と解せられるから、右各所為に対する処罰規定は憲法二二条一項に反するものではない。

その他、縷説する所論にかんがみ記録を精査、検討するも、被告人の本件所為が医療用具を小分け製造し、また小分け製造した医療用具を販売する行為に該当すると判断した原判決の説示はすべてこれを肯認することができ、原判決には所論のような事実誤認や法令解釈の誤は認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

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